チェルノブイリ原発事故

チェルノブイリ原発事故

この事故は、1986年4月26日、ウクライナ共和国(当時はソビエト連邦ウクライナ共和国) のチェルノブイリ原子力発電所4号炉で起きました。

 

この事故でウクライナはもちろんベラルーシ、ロシア、ヨーロッパ各国など8万2000平方メートルにも及ぶ地域に放射能が飛び散ったと言われています。その被害は、旧ソ連当局によれば、31名の死者および急性放射線障害で入院した人203名、住民13万5,000人の避難、国境を越えた広範囲にわたる放射能汚染です。

 

事故後、4号機は放射能物質が漏れないように、コンクリートと網鉄で覆われ「石棺」(せっかん)と呼ばれ原発事故の恐怖の象徴とされています、炉心は空から投下した砂袋5000トンで覆っています。だが現実、電力不足の関係で、2000年まで隣にある3号機が運転されていたようです。

事故の原因は、

運転規則に反する操作と、この炉の特性(自己制御性の欠如)などとされている。

 

核分裂をすると秒速3万キロで飛び出す中性子の減速材として黒鉛(炭素)を使っており、黒鉛減速軽水冷却型と呼ばれる特殊なタイプだったようです。日本には1基もありません。

 

国際原子力事象評価尺度(INES)において最悪のレベル7の事例とされている。

 

設計上の問題も

当時のソビエトの原子力発電所は、原子炉の設計が悪く、しかも安全思想の欠落したものでした。事故時にブレーキが効かないと同時に、出力上昇に対して緊急停止ができない状態、くわえ原子炉格納容器もありません。

 

運転規則違反

発電機を回す蒸気を停めたあとでもしばらく惰性で動いている発電機から、どれほどの電力が得られるかという実験していた最中に爆発事故は起きました。原子炉を規則違反の低出力で運転しながらタービンの回転を調べていたところ、不安定状態から爆走、黒鉛が燃え、炉心が溶けだし、爆発が起こりました。わずか数秒の間に2度以上の大爆発が起きます。

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