エネルギーの移り変わり

エネルギーの移り変わり

1955年代頃から、日本は高度経済成長の時代に入ります。ちょうどこの頃、サウジアラビアなど中東で大油田が多数発見されました。日本の産業基盤となるエネルギーをは、石炭から石油と変わってきました。

 

第一次オイルショック

1973(昭和48)年、10月6日。アラブ諸島のエジプトとシリアがイスラエルを奇襲し、第四次中東戦争が始まりました。

 

イスラエルの反撃に対して、10月7日、アラブ側の(アラブ石油輸出機構)は、有利にすすめるため、原油の生産を減らすとともに、イスラエルを指示するアメリカやその友好国への原油の輸出量を減らすことを決定いしました。

 

これが、オイルショックの始まりです。石油を販売する国際石油資本の会社が日本に30%の値上げ宣告をし、サウジアラビアから70%の値上げを日本に通告してきました。

 

 

日本は、石油消費量の99%を輸入にたよっていたため、大打撃を受けました。石油はエネルギーだけではなく、プラスチックや科学繊維、トイレットペーパーなどの原料としても使われているので、庶民は快適な生活を失いたくないと、主婦たちをひっとうに、トイレットパーパーや灯油の買いだめする騒ぎがおこりました。

 

以後、政府は省エネルギーを訴えるようになります。企業、家庭などに、エネルギーの利用を自粛するよう呼びかけます。そして、高度経済成長は終わりをつげました。

 

第二次オイルショック

第一次オイルショックから、6年後、第二次オイルショックが起こります。世界の原油生産量の10%を占めているイランで、反政府運動が起こり、石油生産が中断したため、1979年1月17日、国際石油資本が日本への原油供給量を減らすし、価格を引き上げることを通告してきました。

 

第一次オイルショック、第二次オイルショックとつづき、再び政府は省エネルギーを呼びかけましたが、エネルギーを多く使う産業は悪化してしまいました。こののちは、技術開発が必要となってきました。

 

現在そしてこれからは…

石油危機を経て、日本はどれほど中東の石油に頼っていたか分かります。そこで政府は、中東以外の油田を見つけること、石油に変わるエネルギーを開発、省エネルギー技術の開発、石油の備蓄などと、エネルギーに関することを多方面で、開発していくことが必要になってきました。

 

そして、現在では、原子力発電、天然ガスをはじめ、自然エネルギーでは太陽光発電、風力発電なども身近になってきました。廃棄物などをリサイクルして燃料に替えたり、植物などを原料として燃料に替えるなど技術開発はさまざまなところで研究されています。

エネルギーの移り変わり関連ページ

火力や電子力技術の進歩
火力発電の需要が高まる